義父の死(5年前)

義父の介護を始めてから2年ほど立ったのち、義父は肺炎で入院しました。
それまでも、デイサービスを利用していましたが、正直言って、少しほっとしたのを覚えています。
それくらい私たちは追い詰められていたのです。

義父の認知症が悪化してからの介護はつらいものでした。
そのころは要介護も4になっていました。
食事、着替え、トイレ、風呂、歯磨きの介助など、義父のあらゆる行動に介助が必要になっていました。
義母だけの力では足りず、私たちが介助を行うことも増えていました。

特につらかったのは、義母がだんだんとまいっていってしまったことです。
同居をはじめたころは、子供の面倒を見てくれたり、私たちにもとても優しい義母だったのですが、
義父の介護を重ねるうちに、笑顔が消え、また、なにをするにも余裕がなくなってしまいました。
そして、私たちにも時にはつらくあたるようになりました。

同居したのは、自分たちを介護するためだったのに、私たちはなにもしない、などと言われることもありました。
同居当初、介護してほしいなどと言われたことはありません。
ただ、義父母としては、もちろん、自分たちが年齢を重ねていくたびに不安になり、私たちを頼りたくなったのも事実でしょう。
また、私たちも手伝っていなかったわけではありません。
介護には、力仕事も必要でしたので、妻だけではなく私が介護を行うこともありました。
特に風呂の介助などは私がやっていました。

そんなこともあって、義父が入院したとき、少し安心してしまったのでした。
そして、義父は入院してから3か月後、肺炎により逝去しました。

葬儀をする必要がありましたが、問題が生じました。
妻は3兄弟で、私たちの子どもと同じ、男、女、男の兄弟です。
妻は長女でしたが、兄がいました。
兄は関東に住んでいましたが、あまり義父母と付き合いがありませんでした。
義父の介護が必要になってからも、正月やお盆に顔を出す程度で、それ以外積極的に手伝ってくれようとはしませんでした。
本来であれば、義母か兄が喪主を務めるべき話なのですが、義母からは、妻が喪主を務めるように言われました。

妻は、兄のことを慕っていましたので、できればこれは避けたいと思いました。
しかし、葬儀後、なぜか兄とすぐに連絡がつかず、葬儀の手配等は、私たちの方で行わざるをえず、結局妻が喪主を務めることになりました。
このことが、それからの遺産協議を複雑なものにしてしまいました。

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