義父の介護(8年前)

前回、妻の実家に同居した話をしました。
同居開始後はとても楽しかったです。
そんな生活がずっと続けばいいと思ったのですが、そうもいきませんでした。

妻の実家に同居してから1年余りたったときに、義父が交通事故にあいました。
義父が買い物に行く途中の交差点で、車とぶつかったのです。
この事故により、義父は右足を骨折してしまいました。
幸い命に別状はなかったですし、大きな後遺症が残るものでもなかったのですし、骨折自体は3カ月程度で完治しました。
しかしながら、骨折となってから、義父は外出をしなくなってしまいました。
それまで、天気のいい日は必ず、2時間以上外を歩き回る義父だったのですが、骨折してからというもの、散歩に行くこともなくなりました。
骨折中に外出ができないのは仕方がないことですが、骨折が治ってからも義父は散歩をしなくなってしまいました。
65歳を過ぎて、一度習慣が変わってしまうと、元の習慣に戻すのは難しいことのようでした。

散歩をしなくなってからというもの、義父はどんどんやせていきましたし、耳も遠くなっていきました。
また、だんだんと何をやるにもおっくうになったみたいでした。
朝もきちんと起きられなくなったり、お風呂に入ったり歯を磨くのも面倒がることが増えてきました。

私たちは、当時、長男長女の中学受験で必死でした。
そのため、義父の介助は基本的にはすべて義母が行っていました。
もちろん、私たちも義父が外出するときに車で出迎えるなどということはしていましたが、家の中での介助は義母が行っていました。

そして、義父はだんだんと認知症のような症状も出てきました。
今日が何月何日かわからない、少し前に話したことを忘れてしまうなどといった症状です。
認知症が進んでいくと、義母の負担も増えていきました。
そのころには、長男長女の中学受験も終わっていましたので、私たちが義父の手伝いをすることも増えていきました。

あるとき、義父が一人で外出して、帰ってこれなくなるということがありました。
それまでも一人で外出していたので、私たちは家で見送ったのですが、夕飯時になっても帰ってきません。
そこで、義父が持っていた携帯電話に電話をしてみたのですが、これも通じませんでした。
それから少しして、義父の携帯電話から連絡がありました。
知らない女性からでしたが、義父が帰ることができなくて困っていると教えてくれました。
そして、私たちは、義父を迎えに行きました。

こんなことがあってからは、義父はますます外出をしなくなりました。
そして、外出をしないと、ますます義父の体力や知的な能力も衰えていきました。
私たちの義父への介護はますますつらいものになっていきました。

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